社会臨床雑誌第18巻第1号

社会臨床雑誌第18巻第1号
2010年4月4日発行

はじめに 日本社会臨床学会編集委員会 (1)
本号から『社会臨床雑誌』の発売元を現代書館にすることについて 日本社会臨床学会運営委員会 (2)
〈論文〉
〈家庭科の不思議 IV〉「家庭科は男女で学ぶべし」という闘い(1970年代〜1980年代) 梶原公子 (3)
写真の発明と近代―新しいまなざしと分類・選別 山下恒男 (22)
学校教育における心理主義批判の意義と限界 伊藤茂樹 (33)
変革の志操―『相互扶助論』(クロポトキン)が照射する行く手― 飯島勤 (41)
ベーシックインカムを希望の原理へ〜所得への権利を考える〜 白崎一裕 (53)
「企業社会と心理学」におけるロジャーズ批判を検討する 林延哉 (66)
〈2009秋の合宿学習会報告〉「当事者」概念を考える―「する側−される側」関係を振り返りながら
〈発題I〉「当事者主権」「される側のために」を考える 川英友 (90)
〈発題II〉「当事者性」を確認しながら、介護する・される関係を検証する 松浦武夫 (99)
〈発題III〉「障害」をどのように語り、「共に生きるかたち」を描く手立てとするか 崎原秀樹 (108)
〈討論〉  (119)
〈映画や本で考える〉
このままでいいはずがない精神医療のために 井上芳保 (134)
非日常的な時空間の中で演出される当たり前な関係 林延哉 (138)
〈ここの場所から〉
〈まか不思議な世界 VIII〉人間学的理解を追求し続けたい 赤松晶子 (142)
観念と現実の間(3)―児童養護施設立ち上げ格闘記― 佐藤剛 (148)
日本社会臨床学会第18回総会のお知らせ  (表紙裏)
編集後記  (150)

はじめに

日本社会臨床学会編集委員会

第18回総会に先んじて、18巻1号をお届けする。本誌の内容は、次のようである。
梶原公子の連載〈家庭科の不思議〉は第四回を迎えた。今回は、筆者が家庭科共修化の運動と実践に関わりながら体験してきた、教育現場の内外に生起した状況と問題を振り返っている。それは国家の意図の中に収斂しつつ現場で施行されていくが、いま、男女の日常関係は平等になったかと問うている。
山下恒男の「写真の発明と近代」は、ヨーロッパ中心主義的まなざしから、民族学、人類学、そして精神医学が、人物の映像化を介して、異人種・異民族の特徴、そして精神医学的病像を類型化、階層化してきた歴史を振り返り、そこでの、人間の選別と管理を論じている。
伊藤茂樹は、これまでの、学校教育における心理主義批判を基本的に評価しながらも、共生的な共同体として再生することが原理的に可能なのかと問い、市民にとっての学力保障の観点を疎かにしないで、彼らのベーシック・ニーズに合わせて教育内容を組み替える必要性を主張している。
飯島勤は、クロポトキンの『相互扶助論』を、現代の問題状況に着目しながら読み解く作業を開始しているが、これは社会変革運動の中に位置づけられていると指摘し、そこには抵抗の志操、自律の志操、正義の志操、平和の志操などが込められているとしている。今回は、まず、変革の志操を論じている。
白崎一裕は、今日における格差、貧困などの経済問題を解く思想と実践として「ベーシックインカム」に着目しているが、それはすでにヨーロッパにおいて見られてきたことであるとしながら、所得保障の権利であると指摘する。そのことは、倫理、政治、財源の観点から論じられている。
林延哉は、小沢牧子の「企業社会と心理学」(本誌17巻1号)などで論じられている、企業社会とロジャースの関連やロジャーズ理論やの批判の仕方をめぐって疑問を提起している。なかでも、彼が提起する傾聴、自己実現、共感、対等性などに関しては、もっと両義的・実証的に検証する必要があると。
「〈09秋の合宿学習会〉「当事者」慨念を考える―「する側−される側」関係を振り返りながら」は、川英友の「『当事者主権』『される側のために』を考える」、松浦武夫の「『当事者性』を確認しながら、介護する・される関係を検証する」、崎原秀樹の「『障害』をどのように語り、『共に生きるかたち』を描く手立てとするか」という三つの発題と、それを受けた討論を記録したものである。この報告では、「当事者」者概念を批判するにしろ肯定するにしろ、さまざまな文脈があることを明らかにしている。なお、このテーマは、第18回総会で、引き継がれることになっている。
〈映画や本で考える〉欄で、井上芳保は、「『精神科セカンドオピニオン』の編著者たちの熱い思いを受け止めて」「このままでいいはずがない精神医療のために」というエッセイを書いている。林延哉は、DVD『あおべウオ~ッズ』を観ながら「非日常的な時空間の中で演出される当たり前な関係」を味わっている。
〈ここの場所から〉欄では、いずれも連載だが、佐藤剛が立ち上げたばかりの児童養護施設から、食することと一人でいることのリアリティを考えているし、赤松晶子は、精神病院で、ある患者の言動をめぐって人間学的に理解することとはどういうことかを探っている。
読者におかれては、目次を眺め、頁をめくって、惹かれたところから順に読んでくだされば幸いだし、ご意見、ご感想を返して下されば有難い。