社会臨床雑誌第20巻第1号

社会臨床雑誌第20巻第1号
2012年6月10日

はじめに 日本社会臨床学会編集委員会 1

【日本社会臨床学会学習会「原発問題と優生思想」報告(2012年1月22日 於東大東文化センター(東京)】
 発題I 反原発の論理を確かめる―障害者排除・優生思想を問いつつ 篠原睦治 3
 発題II 福島の地に出入りして、気づくこと・考えること 山田真 8
 III 問答  13
 IV フロアーからの発言  18
 V フロアーの発言を受けて  23
 学習会「原発問題と優生思想」に参加して 三輪寿二 27
 「原発問題」についての断想 原田牧雄 31

〈論文〉
早期介入、そして日常生活の管理へ 中島浩籌 35
統合失調症の予防的介入に関する倫理的問題 山崎真也 45
自学の系譜[I]石川三四郎の教育志操 飯島勤 59

【日本社会臨床学会第19回総会記録を読む】
山田潤記念講演記録「「教育」ではない まず「仕事」だ」を読む 岡山輝明 83
名づけることは何を生みだすか 発達障害について考えること 生越達 87
シンポジウムIIの報告を読んで喚起され考えたこと 榎本達彦 90

〈映画や本で考える〉
優生思想という難題に挑む 小林敏昭 95
「平等」論で解けることと解けないこと 斎藤寛 98

日本社会臨床学会第20回総会の案内  表紙裏
編集後記  104

はじめに

日本社会臨床学会編集委員会

今号はまず今年の1月22日に東京で開催された学習会「原発問題と優生思想」の報告を掲載している。原発事故の影響で障害を持つ子供が生まれてしまう、だから原発に反対…一見自明な論理が、現に障害を持つ人の存在をどれだけ傷つけてしまうか…この「反原発と優生思想のアポリア」が学習会の中心的なテーマとなっている。篠原睦治はこの問題をあくまでも正面に見据えながら、打開策を展望しようとする。山田真は治療をする医師としての立場から優生思想と反原発の問題を見定めようとしている。二人の考えは微妙な食い違いを見せるが、そこに今後継続して考えなければならない深い問題が横たわっている。なお当日学習会に参加していた三輪寿二と原田牧雄が、それぞれの立場からこの問題についての自身の感想と見解を述べている。
論文は3本ある。第20回総会で、「『精神障害』の早期発見・予防を問う」というシンポジウムが開かれるが、そのシンポジストの二人が今号に論文を寄せている。中島浩籌は、フリースペース等での若者との出会いを踏まえ、教育現場における「精神障害」の早期発見・対応の問題点を論じている。山崎真也は、結果的には誤診であったとされてしまう偽陽性の患者に副作用を伴う投薬を行うことが倫理的に許されるのか、世界と日本の「精神障害」への予防的介入の現状を分析しながら論じている。飯島勤は、石川三四郎の『小学教師に告ぐ』を精読し、他人に何かを教え諭すという教育概念をくつがえし、教育は「自己教育」=「自学」としてしか成り立たないことを詳しく論じている。
恒例となっている「総会記録を読む」には、三人の方から論考が寄せられた。山田潤の記念講演の記録を読んだ岡山輝明は、自身の教員経験や現状の労働環境の苛酷さを山田の講演に重ね合わせ、現代の若者の置かれている状況を分析している。生越達はシンポジウムⅠ「『発達障害』概念を問う〜教育・精神医療の変化の中で〜」を読んだ感想を寄せている。自身が長くフリースペースに関わった経験に基づいて、「診断名」をつけてしまうことの否定面だけでなく肯定面も論じ、この問題をめぐる複雑さを浮き彫りにしている。榎本達彦は、シンポジウムⅡ「不安定雇用をどう捉えるか〜ジェンダー・若者の『自立』を通して〜」に触発され、自身の職業経験を踏まえてジェンダー問題を論じ、特に女性には個々人ではどうにもならない枠組みとしてのジェンダー・バイアスが強固に存在していることに注目している。
〈映画や本で考える〉のコーナーでは、二つの本が取り上げられている。小林敏昭は八木晃介の『優生思想と健康幻想―薬あればとて、毒をこのむべからず』を読み、「逸脱の医療化と医療の逸脱はリンクしている」という八木の発言に注目し、さらに多くの人々に内面化されている優生思想をどう批判するかを、八木とともに考えている。斎藤寛は、宮寺晃夫編『再検討 教育機会の平等』を読み、「平等」について深く考察し、「平等論はそれをはみ出した地点から逆照射されることによって、様々な問題点が見えてくる」ことを指摘している。