「臨床心理士及び医療心理師法案要綱骨子(案)」に反対する

2005-07-27
日本社会臨床学会会長 三輪寿二

現在、「臨床心理士」および「医療心理師」という国家資格をつくる法案が、議員立法の形で国会に提出されようとしていますが、私たちは、以下に述べる理由でその成立に反対します。

二種類の国家資格化の動向と内容

超党派の議員立法案として公開された「臨床心理士及び医療心理師法案要綱骨子(案)」によると、「臨床心理士」は、「教育、保健医療、福祉その他の分野において、心理的な問題を有する者の心理的な問題の解消又は軽減を図る」業務を行なうことになっています。また、「医療心理師」は、「医師が傷病者に対し医療を提供する場合において、当該傷病者の精神の状態の維持又は改善に資する」業務を行なうことになっています。

「臨床心理士」資格は、主務大臣(文部科学大臣)が指定する、四年制大学での心理学等に関する科目、さらに大学院での臨床心理学等に関する科目を修めて、修士課程又は博士課程を修了した者(受験資格取得者)で、主務省が実施する試験に合格した者に与えられます。

一方、「医療心理師」は、四年制大学で、主務大臣(厚生労働大臣)が指定する心理学等の科目を修めて、学士号を取得した者(受験資格取得者)で、主務省が実施する試験に合格した者に与えられます。

「心理的業務」に関わる二種類の国家資格が提案されているのですが、「臨床心理士」が従事する領域は、「教育、保健医療、福祉、その他」となっているのに対して、「医療心理師」が従事する領域は、医師の指示の下の保健医療領域に限られています。なお、前者が、保健医療領域で働く場合、やはり、医師の指示の下に置かれることになっています。

90年代以降、日本臨床心理士資格認定協会が認定した「臨床心理士」の職能団体・日本臨床心理士会に対抗して、全国保健・医療・福祉心理職能協会は、医療保健領域で働く臨床心理技術者の国家資格化を求めて運動してきました。前者は、医師に準ずる高度の専門性、および教育現場における相談・指導的役割を強調して「修士号」の取得を条件付けていますが、後者は、「医師の指示の下」という立場を引き受け、かつ、医療現場に働いている心理職の現実を考えて「学士号」の取得に留めています。

資格化は専門家の縄張り争いを国会議員が収拾する軽挙です

90 年代半ば以降、「臨床心理士」は、スクール・カウンセリングや教員のコンサルティングなどを担当するスクール・カウンセラー(非常勤)業務を中心として活動してきたわけですが、学部卒レベルに留まる「医療心理師」の国家資格化を阻止しえている間は、自分たちの国家資格化を要請するまでには到っていませんでした。

ところが、後者が「医療心理師」資格の法制化にこぎつける段階に達するに至って、前者が、急遽そこに割り込むようにして「臨床心理士」の国家資格化を求めてきたという経過が見て取れます。そして、いずれかに肩入れしていた国会議員たちは両者合い寄って、その一本化で事態を収拾しようとし、表記の「臨床心理士及び医療心理師法案要綱骨子(案)」を発表した様子がうかがわれます。すなわち、今回の事態は、心理専門家たちの縄張り争いが、政治家によって体よく収拾されようとしているものと言えます。

このような専門家や国会議員たちの行動は、それが、臨床現場に働く者たち、特に患者側・クライエント側、そして普段に暮らす人々に対して、どのような影響、混乱そして問題をもたらすかを熟考しない、自分たちの政治的利害のみに走った軽挙であると批判せざるをえません。

心理職の国家資格は、医師を頂点とする医療管理体制の強化です

これによると、国は二種類の国家資格を作り、学部卒組と大学院卒組に階層化して、原則的には、前者を文部科学省領域、後者を厚生労働省領域に置いて棲み分けを意図しているようです。

しかし、一方で、「臨床心理士」が厚生労働省領域で働く場合には、「医療心理師」と同様に、「医師の指示の下に」働くことになっているところからみても、今回の国家資格化の焦点は、精神医療を軸とした保健医療領域における「医療心理師」の国家資格化、それに伴う医師を頂点とする医療体制における人的配置の再構成、心理業務の保険点数化の実現のほうにあると思われます。

したがって、この領域では、「臨床心理士」と「医療心理師」との階層的仕分けや業務分担は行なわず、両者は、同じ扱いになっています。とすれば、なおのこと、両者の葛藤、対立、競合が際立ってくるのでしょうが、これは、コップの中の争いにたぐいするものかも知れません。それよりも、すでに国家資格化されている看護師、精神保健福祉士、作業療法士などのパラメディカルスタッフに囲まれて、そこへ国家資格としての「医療心理師」「臨床心理士」が新たに進出することになるので、精神医療に期待される職種間の連携、協力はいよいよ建前のみに留まって、彼らは、「医師の指示」に包括されつつ、職種間の縄張り争いを重畳していくに違いありません。そのような過程を経て、心理職の国家資格化を最後の止めとして、医師を頂点とする医療管理体制が、つつがなく強化されていくと警戒しないわけには行きません。

「医療心理師」は「心の監視・管理」を担当することになります

70 年代以降、保健医療領域における心ある「心理職」は、各職種の資格化が役割分業の強化であり、仕事がいよいよタコツボ化すると批判し、みずから「医師の指示の下」の心理テストやカウンセリングの実施を超えて、他領域・職種との連携、協力の中で、精神障害者などの社会参加と自立を応援し、患者側の期待に応えようとして、そのための共同の仕事を創り出してきた経過もあります。しかし、国家資格としての「医療心理師」が成立することになると、その役割は「傷病者の心理状態の観察」と「その心理に関する相談」といった、心理テスト・カウンセリング業務に限定されていくことになります。そもそも、このような事態は、最近では精神保健福祉士の国家資格化に囲まれるなどして、とっくに始まっていますが、今回示された国家資格化の動きは、そのことに拍車をかけることは、火を見るより明らかです。

以上に述べたように、「医療する」側の役割分業体制の確立と強化は、「医療される」側のさまざまな心身の状態や、生活や願いのつながりあった諸側面を、担当部署毎に細分化、断片化して、医療を受ける人々を管理、保護、修正することになります。そのなかで、「医療心理師」は、「心の観察、ケア」つまり「心の監視、管理」を担当します。こうして、そのもとの患者側の生活・人生は、ソフトに管理強化されて、生活場面的にも心身の活動の上でもますます閉じられていくわけです。いよいよ憂うべき深刻な事態であると自覚しなくてはなりません。

私たちは、「心の病」「心のケア」に還元する今日的事態を警戒します

以上、私たちは、この法律案に示された二種類の国家資格化が、保健医療領域における「医療心理師」的業務に収斂していくと指摘し、その問題を述べましたが、もうひとつのことに着目しておかなくてはなりません。それは、保健医療領域を超えた、私たちの普段の暮らしも、心理専門家たちによって、管理、監視されていくかもしれないという問題です。「臨床心理士・医療心理師」の国家資格化の最終目的は、「もって国民の心の健康の増進の確保に寄与すること」となっていますが、このことは、ここ十数年、とみに喧伝されてきました。つまり、日本臨床心理士資格認定協会が資格授与する「臨床心理士」の数が増大し、その職業的需要を満たそうとして、個々人の「心の病」「心のケア」という言説が、教育・医療・福祉そして一般社会へ売り込まれ、強調されてきて、これらの用語は驚くほどに日常化しています。「不登校」、「登社拒否」、「ひきこもり」、「ニート」、そして大災害に出会った人々の悩みや苦痛等々、暮らしのなかの心身の問題は、このような枠組みの中に区切られ、それらは、しろうと同士にはまかせられない、「くろうと(臨床心理士)」が引き受ける問題なのだという考え方が広められてきました。普段に暮らす人々自身が、社会問題、経済問題、人間関係そのもの等々を引き受け考え合わなくてはならないはずの多くの場合でも、そのことを忘れさせ、放棄させていく事態になっています。この法案が明記する「国民の心の健康の確保」という表現を読むと、国家・社会が、「心の専門家」に託する形を取りながら、多様でありつつも、つながりあい重なり合っているお互いの諸問題・課題を、個人化し心理主義化させて、私たちをバラバラにして管理、保護するという意図を持っていることを示唆していますし、そのような結果を期待しています。

私たちは、これらの事態を批判的、反省的に受けとめながら、問題を「心の病」「心のケア」に極力限定・還元することなく、人と人がつながりあっていく道を私たちの暮らしの渦の中で探りあっていかなくてはならないと考えます。