「心神喪失者等医療観察法案」を批判し、その成立に反対する

2002.10.20
日本社会臨床学会運営委員会委員長 中島浩籌

私たちは、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」(以下、「心神喪失者等医療観察法案」)をつぶさに検討したが、以下に述べる理由で、この法律案の成立に強く反対する。
「心神喪失者等医療観察法案」は、「心神喪失者の行為はこれを罰せず」そして「心神耗弱者の行為はその刑を軽減す」(刑法39条)に基づいて不起訴となった者、無罪となった者、あるいは刑を軽減された者に対する保安処分(特に治療処分)を意図している。
これまで、「精神障害者」と判定された者で「自傷・他害のおそれ」のある者は、刑罰の対象から外されて、精神保健福祉法の規定する「措置入院」等で処遇されていた。が、今回、政府は、なかでも「重大な他害行為を行った者」に着目して、入院ないし通院のための「指定医療機関」を設け、特に「指定入院医療機関」には「重大な他害行為の原因とみなされた精神障害」が治療され寛解するまで、その者を予防拘禁しようとしている。とすれば、それは不定期かつ生涯的な隔離になる可能性がきわめて高くなると言わざるをえない。
この際、私たちは、新設がもくろまれている「治療処分」と従来からの「措置入院」の両方で、「精神障害者」に対する、社会防衛上の管理・拘束をいよいよ強化しようとしていることに警戒せざるをえないのである。

さて、「心神喪失者等医療観察法案」の最大の問題は、一旦「重大な他害行為を行った者」の再犯予測とそれに基づく予防拘禁にある。そのための裁判は、犯罪行為の事実確認に慎重さを欠くことになり、また、その状況的・関係的諸事情の審議を軽視することになる。そして、裁判所は、精神科医に命じる「精神障害者であるか否か及び継続的な医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無」の鑑定に基づいて、「治療処分」を急ぐことになる。
このような法的状況が招来されるならば、「精神障害者」は、事物の理非善悪を弁別する能力を欠き、それゆえ、理非善悪の弁別にしたがって行動することができないと決め込まれる事態がいよいよ進行するだろうし、「精神障害者=犯罪者ないし潜在的犯罪者」という図式が確定していくことになるのを危惧する。
そのもとでは、「精神障害者」は、つねに「えん罪」の可能性にさらされる。また、「重大な他害行為」を行ったと判断され、加えて、それが「精神障害」のゆえであると判定された者は、その治療・寛解まで不定期な拘禁と監視のもとに置かれることになる。加えて、「精神障害者」全体に対する偏見をいよいよ固定し拡大し、人権侵害と差別的待遇が頻発すると恐れないわけにはいかない。
そもそも「精神障害→重大な他害行為」という図式が成立しうるという前提には無理がある。「精神障害者」であれ「非精神障害者」あれ、当該の者が心身共に苦しんでいた状態があったとして、そのことを直線的、短絡的に「重大な他害行為」に結びつけることは危険である。そこには、状況的・関係的諸事情がいろいろに絡まっているはずであり、個々の「重大な他害行為」は、そのような諸事情にこそ深くつながっていると想定することが大切である。
ましてや、「精神障害者」の「再犯予測」は至難のことである。ただし、精神医学・心理学は、「性格」「精神病理」など心理的・精神的諸傾向に基づく「行動予測」を課題としてきた経過があり、それゆえ、「措置入院」における「自傷・他害のおそれ」の鑑定業務に携わってきてしまったのである。
この際、私たちは、「行動予測」と「鑑定業務」そのものを問い直す必要がある。
私たちは、「触法精神障害者」に関しては、精神医療的処遇で対応すべきであると主張しているのではない。精神保健福祉法体制も、今日、措置入院等の強制入院を効率化する「移送制度」を導入するなどして、「措置入院」制度を補強し、社会防衛的役割を堅持しているからである。
このような体制の下で、「心神喪失者等医療観察法案」が成立すると、「自傷・他害のおそれ」があるとみなされた者たちは、自傷か他害かの方向とその種類・程度に応じて、精神医療体制か治療処分体制か、いずれかの下に、「保安と治療」の名目で分類収容されていくと危惧しないわけにいかない。
重ねて強調するが、私たちは、「精神障害者」一般に対する危険視を固定、拡大し、そのような社会的偏見に合理化されつつ、「触法精神障害者」が不定期かつ生涯的な予防拘禁下に置かれる事態をいよいよ促進することになる「心神喪失者等医療観察法案」の成立に強く反対する。