社会臨床雑誌第13巻第2号

(2005-10-16発行)

はじめに(日本社会臨床学会編集委員会)(1)

お詫びと訂正(日本社会臨床学会運営委員会)(2)

〈日本社会臨床学会第13回総会報告〉

シンポジウムI なぜ今、新しい「障害」概念が必要なのか(飯島勤・高岡健・三輪寿二)(3)

シンポジウムII 暮らしに浸透する医療(根本俊雄・三浦高史・石川憲彦)(31)

記念講演 名づけること、測ることの暴力と誘惑(山下恒男)(58)

日本社会臨床学会第VI期運営委員会中間総括(66)

会計報告(62)

〈第13回総会に参加して〉

進行する社会的排除(大賀達雄)(75)

後退したのは発達的人間観である(林延哉)(80)

声明「臨床心理士及び医療心理師法案要綱骨子(案)に反対する(85)

〈論文〉

アメリカの優勢運動研究ノート(III) ゴッダードと科学としての心理学の樹立(秋葉聰)(88)

〈ここの場所から〉

「おかしな子が増えている」は本当か(小渕益男)(136)

「当事者職員」として働いてみて(久保田公子)(138)

まか不思議な世界(その1)(赤松晶子)(147)

〈映画や本で考える〉

映画「ヒマラヤ杉に降る雪」を見て覚えておきたいこと(浪川新子)(151)

『心を商品化する社会』を読んで思うこと(山口悦子)(154)

『心を商品化する社会』をきっかけに(原田牧雄)(157)

“自己実現”は本当に問題か?(林延哉)(170)

編集委員会からのお知らせ(175)

編集後記176

はじめに
日本社会臨床学会編集委員会
第VII期運営委員会は、4月の第13回総会で発足した。8月末にお届けした『社会臨床ニュース』No.58では、この期の活動も軌道に乗り出して、多忙になっている様子をお伝えした。すでに発行している本誌第13巻1号は、今期活動の第一号となるのだが、実際は、前期の内に、およその編集作業は終わっていた。したがって、本誌が、新しい編集委員会体制での最初の仕事になる。
私たちは、第12巻第3号に、昨年末の学習会「『暮らしの中の医療化』を考える」の報告を載せた。「暮らしの中の医療化」問題に拍車をかけたのは、昨年末に瞬く間に成立してしまった「発達障害者支援法」である。私たちは、これらを引き受けて、二つのシンポジウムを組んだ。このとき、山下恒男は、「記念講演」で「名づけること、測ることの暴力と誘惑」を語っている。これらは、本号で収録したが、総会時の発題と討論に刺激されて、早々と、大賀達雄が「進行する社会的排除」、林延哉が「後退したのは発達的人間観である」を寄稿してくれた。
総会後、運営委員会に飛び込んできたことは、「臨床心理士・医療心理師」という国家資格のための法律が国会に提出されんばかりの事態だった。『社臨ニュース』でもお伝えしたが、運営委員会は、会長名で反対声明を出したところ、間もなくして医師側諸団体の圧力でポシャッてしまった。結果としてはよかったのだが、私たちの願いにそった経過になっているのではない。前回のニュースで、運営委員長は、「資格・専門性」を問い続けることは、本学会の生命線と考えるがと述べつつも、幾つもの問題と課題を書き記している。本号でも採録するので、読者の皆さんにも、この問題についての意見、感想をお寄せくださると幸いである。
秋葉聰の「アメリカの優勢運動研究ノート(III)」「ゴッダードと科学としての心理学の樹立」だが、これはまもなく「キャリー・バック事件の過去と現在」に誘う予定になっている。
小渕益男の「『おかしな子が増えている』は本当か」、久保田公子の「『当事者職員』として働いてみて」、赤松晶子の「まか不思議な世界(その1)」は、「ここの場所から」にまとめさせてもらったが、お三人は、総会に参加しながら、職場と往復させて、「福祉・医療・教育」におけるご自分たちの体験を振り返っている。
〈映画や本で考える〉では、浪川新子がアメリカ映画「ヒマラヤ杉に降る雪」を鑑賞しながら、身辺のことから始まるエッセイを書いている。小沢牧子は、『心の専門家はいらない』(洋泉社新書 2002年)を書いて、私たちが考えてきたことをより広く世に問うたが、このたびは、中島浩籌とともに『心を商品化する社会』(同社新書 2004年)を出版した。本号では、山口悦子、原田牧雄、林延哉が、この本を巡って、それこそ討論をはじめている。
終りになったが、先月掲載の中井孝章論文に関して、一部誤りがあったので、訂正してお詫びしたい。
以上の諸稿をお読みになってのご感想、ご批評、そして御地、お立場、ご分野・領域からの報告とエッセイ、そして論稿を鶴首してお待ちする。