北京五輪委員会の「精神病、性病の人に対する入国禁止」措置に抗議します
2008年8月4日
日本社会臨床学会会長 三輪寿二
私たちの学会は、精神障害者およびハンセン病者等の隔離収容、人権侵害の歴史と現実を、教育・医療・福祉に関わる実践や臨床の行為と理論を相互に点検しながら、反省的・批判的に考えてきました。
私たちは、北京五輪委員会が、当初、「精神病、ハンセン病、性病、開放性肺結核の伝染病に罹患している者たちの入国禁止」を世界に発信したことを知り、このことに驚き、戸惑い、この事態をどのように捉えるべきかを議論し、抗議文の表明を準備してきました。
先日、ハンセン病者に対するこの「入国禁止」の措置が解除されるに至りましたが、なお、精神障害者および性病者に対する「入国禁止」措置は継続されています。
従来より、日本社会においても、これらの人たちに対する差別と隔離は根深くあり続けており、ハンセン病者に関わっては、1996年のらい予防法廃止に到るまで長きにわたって、国内的には強制隔離の施策と現実が進行し、また、彼らの入国を禁止する措置が取られていました。そして、精神障害者に関しても、今日、ノーマライゼーションが強調される中で、隔離収容は批判され、社会参加と自立の方向性が模索されだしていますが、差別と隔離の実態と、一般社会の警戒的・排除的対応は依然として払拭されていません。このことは、事態が改善されているかのように見えるハンセン病者に関しても、同様であります。
さらに、日本国家が、中国侵略の中で、ハンセン病者に対する強制隔離政策を実施し、その制度とそれを支えるハンセン病者観を中国の地に生み残してきたことを、侵略の歴史とともに、痛みの中で想起しておかなくてはならないことも、日本国籍を持つ者として自覚しております。
このような自覚と反省に基づき、また、2006年に国際連合総会で採択された障害者権利条約などの精神に鑑みても、今回の北京五輪委員会の入国禁止の方針は、ハンセン病者については解除されたにせよ、明らかに時代に逆行し、私たち人類が今日まで培ってきた人権感覚に反するものであると言わざるを得ません。世界の人々が享受すべきオリンピックの楽しみから、自ら希望しつつも、精神障害者および性病者であることを理由に差別され排除されることがあるとすれば、そのことは、今日の国際社会が決して容認するはずがありません。したがって、中国政府と北京五輪委員会がそのような排除的方針を採り続けていることに対して、私たちは抗議いたします。
私たちは、既述のごとき日本の歴史と現実を改めて凝視するという課題を再確認する一方で、中国政府と北京五輪委員会が、これらの人々を断固排除する明確な方針を撤回し、オリンピックを楽しみたいと願う、誰に対しても、これを歓迎する姿勢を打ち出されることを強く要請します。
(この抗議文は中国大使館へ、方針撤回への働きかけの依頼文を外務大臣・厚生労働大臣・日本オリンピック委員会会長宛に送りました。)